おセンチ症候群。

わたしは、ただ息をしているだけで、なんとなく切なくやるせない気持ちになることが多々ある。特にこれといった理由もなくとも、おセンチモードと呼ぶに相応しい、なんともいえない気持ちに支配されるのだ。

先週、実家のある岡山に帰っていた。そこで、わたしが昔使っていた部屋の、わたしが使っていた勉強机に、昼下がり、風がレースのカーテンを揺らすなか、ひとりポツンと座っているだけで、なぜだか泣きたくなってしまう。

かつて、ここはわたしの部屋だったが、もうわたしの物などひとつもない部屋だ。

10代の頃はちっとも健康ではなく、病気ばかりしていた。死ぬことばかりを考えクヨクヨして、生きていくことの重みに耐えきれず、泣いてばかりいた。いつも本が友だちだった。

わたしはあの頃から成長できているのかな。なんだか歳だけを重ねたような気もするし。好きなものも趣味も何も変わっていない。

わたしは、わたしだけが、何ひとつ変わらず、未だ子供のままのような気がするのに、おじいちゃんは亡くなってしまったし、妹は結婚した。時間はとまってはくれないし、このまま自分だけが取り残されて、ただポツンと部屋に座っているような感覚に襲われた。

昔よりも人と臆せず話せるようになったし、上手く笑えるようになったかもしれないが、この部屋にはまだ生きることに臆病な少女の頃のわたしがいるような気がしてしまう。

岡山に帰ると、いつも、なんともいえないノスタルジーと、そしてもう二度と帰ることのできない昔の思い出と格闘してしまう。

こういった、名付けようもない、心の葛藤(?)をみんなはどうしているのか。いくつになっても、自分以外の世の中の人全員は、上手くスイスイと生きていってる気がするのに、わたしはいちいち色んなことに想いを馳せて、まっすぐな道でも、あえて難しく歩いてしまっているような気がしてしまう。

自分以外の、誰かになりたい。10代の頃、いつもそう思って願うように眠りについていた。

今はそんなことは一切思わないし、自分がいちばんだと思うくらいには自分のことが好きで、自分のことは自分がいちばんよく解っていると思っている。(嫌になることは多々あるけれど、)

だからその点は、大人になってよかったなという、唯一の収穫のような気がする。

はぁ〜生きてるっておセンチ!(;o;)

喫茶店 ホンキートンク

f:id:eri464646:20170604204848j:plain

実家のある岡山に里帰りしてます。

去年までずっと東京にいて、なかなか里帰りできなかったので、大阪に来てからというもの、ちょこちょこと帰ってます(๑˃̵ᴗ˂̵)

f:id:eri464646:20170604205047j:plain

妹のおすすめのホンキートンクというレトロ喫茶に行ってきました(๑˃̵ᴗ˂̵)f:id:eri464646:20170604205224j:plainf:id:eri464646:20170604205157j:plain

ベイクドチーズケーキが美味しい〜〜♫

珈琲もとっても美味しかった。幸せ〜〜♡

f:id:eri464646:20170604205503j:plain

ホッとできるお店です。

「牡丹の間」続き。

アップしました。゚(゚´ω`゚)゚。

最近よく思うことは、小説も含めて、作品を創ったりすることって料理と似ていますよね。食べるのは一瞬かもしれないけれど、その一瞬のために、創り手は寝る間を惜しんで良いものを作るために研究したり、試作しては、これは違うと、あーでもないこーでもないと思い悩んで。

自分の思い描くものが書けなくて少し筆が止まっていました。アマチュアにもスランプはあります。゚(゚´ω`゚)゚。ひー!

とりあえずアイスを食べます。さいきんはミントアイスが大好き(๑˃̵ᴗ˂̵)

f:id:eri464646:20170601052132j:plain

ひと箱を2日で食べ終わるのって食べ過ぎかなぁ。。。

喫茶ソワレ

f:id:eri464646:20170522002307j:plainf:id:eri464646:20170522002356j:plain

それは白昼夢のなかにいるような不思議な時間。

f:id:eri464646:20170522002520j:plain

京都の河原町にあるこの喫茶店は古き良き時代の浪漫を閉じ込めたような雰囲気。暗く透明な碧い色に包まれながらいただく、ゼリーポンチは至福です。

大好きなお店♡

牡丹の間

4月から小説家になろうで執筆している「牡丹の間」の続きをアップしました\\\٩(๑`^´๑)۶////

よかったら、読んでみてください(๑>◡<๑)

執筆のペースがとにかく遅いので、亀のような歩みで進んでおります。今年中に完成できたらいいなぁ。

桜の頃。

f:id:eri464646:20170419024544j:plain

桜を見ていると、色んなものの輪郭がぼやけていき、今じぶんがどこへ立っているのか、じぶんはどこへ向かっているのか、桜の淡い優しい色に視界をふさがれるたび、まるで生きていることが、夢の中にいるのではないかと思えてくるような、不思議な感覚に包まれる。生と死があって、あの世とこの世とがあって、そうしたあらゆるもののカタチが溶け合って、今こうして桜を見上げてる自分もその一部なのだと。

春はいちばん得体の知れない捉えどころのない季節だと思う。春の嵐が桜を散らす夜は、憂鬱な気分で眠れない。だけども、その憂鬱さもまた春に属するもののような気がして好きなのである。

阪急電車が好き。

わたしは阪急電車が大好きである。鉄道オタクというわけでなく、わたしの阪急電車が好きという思いは、サンリオやキティーちゃんを好む気持ちと極めて同じところに所属しているように思う。去年、東京から用事で大阪に来たときに、梅田から京都の河原町へ向かう際に乗ったのが私と阪急電車との初めての出会い、ファーストインプレッションであった。

初めて阪急電車を見たとき、このエンジ色のツヤツヤした丸みを帯びた素敵な乗り物はなんでせうかΣ('◉⌓◉’)と目が醒めるような衝撃を覚えた。それと同時に、一目惚れにも似た、ときめく感情を阪急電車はわたしに覚えさせたのであった。

ドアがわたしを迎え入れるように開き、車中に入ると、ベルベットの奥行きのある椅子が疲れた身体を包んでくれる。今までわたしが乗っていた山手線や中央線という電車は一体なんだったのであろうか?あれはマボロシ?そんなふうに思ってしまうほど、あの日以来、阪急電車はわたしにとってベストオブ電車!まさに阪急電車のとりこ。

阪急電車は乗っていると居心地がよく、ずっと乗っていたいとすら思ってしまう。阪急電車にはそんな魔法がかけられているような気がしてしまう。

関西に越して来たわたしは、今日もウキウキと高揚した気持ちを抱き阪急電車に乗り込む。最近は、阪急電車のグッズを集めることに熱をあげており、今はペンポーチが欲しくて仕方ない。